「人と思想」シリーズ

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人と思想3『ソクラテス』のまえがき+αを読んでみる

 

ソクラテスについて

 

ソクラテスの死と現代

われわれは、自分に最大の贈物をするとしたら、なにをおくるであろうか。また、他人にそうしたいときには、なにをするだろうか。今、おまえはかならず死なねばならぬ、と宣告されたとしたら、なにを考えるであろうか。あなたには、死と交換しても、惜しくないものがありますか、ときかれたら、なんと答えるであろうか。さらに、われわれのもっとも深いよろこびはなんであろうか。それはどういうばあいであろうか。はたしてわれわれは、真の幸福を求めているのだろうか。

 

ソクラテスは、これらの問いに明白な答をしている。すくなくとも、右の問いの一つには解答をあたえている。それをたんにことばで行なったのではない。かれの行動をとおし、身をもって示している。だから、かれは、われわれがこれらの問題にぶつかったとき、その実例をひっさげて迫ってくるのであろう。

 

ソクラテスは殺されてしまったではないか。死が答であったというのでは、現代人はなっとくしない。かれは逃げれば逃げられたのに、みすみす死刑になったではないか、しかも、無実の罪だというではないか。たしかにそうである。しかし、逃げなかったがゆえに殺された、そこに多くの人は、とまどいながらも、ひきつけられたのではなかったか。ソクラテス!ソクラテス!なぜおまえは逃げなかったのか。そう問いながら、われわれはかれの魅力のとりことなったのではないか。おそらくわたしだったらそうはしない。しかし、かれにはよほどの理由があったに相違ない。そのように、なかば疑い、なかば共感し、逆にソクラテスから、おまえの本心はどうなのか、と質問されて、ぎくりとしたにちがいない。不思議に思いながら、その糸をたぐりよせていくわれわれの心のなかに、いつのまにかソクラテスがはいりこんでいて、ちくりちくりと良心を刺しているからである。かれはわれわれと一心同体になれるなぞの人物なのである。そのなぞがかくもながいあいだ、無数の人びとをひきつけてきたのではないか。それに終止符をうとうとする。ここに現代の一つの課題がある。

 

罪のない人が殺されてはならない。いかなる理由があるにせよ、人を殺してはならない。戦争とて例外であってはならない。われわれがソクラテスにセンチメントをささげるのは、かれがこういう精神をうったえているからであろう。そればかりではない。かれはだれよりも人間の真実を明らかにしようとし、それによる幸福を求めた。それがなんであり、いかなる状態であるかを示した。いつ、いかなるときでも、信念をすてなかった。たとえ信念と死との交換を迫られても、知を愛し求めるという信念はすてなかった。無知であることが、どんなに恥であるかを自覚していた。われわれはこのソクラテスにも同感する。もし現代人が、このソクラテスを誠実に生きようとすれば、いったいどうなるか。われわれはそれをよく知っている。ソクラテスの生き方が、人間にふさわしいことを認めておりながら、そう生きる人はきわめて少ないということである。これが現代人の一つの矛盾である。だから良心がとがめるだけではなく、そうできない自分を、はがゆくも思う。そうして、ソクラテスを、なぜ逃げなかったのか、と問うていた自分自身がむしろ哀れになり、それにしても逃げない真意はなんであったのか、とあらためて自問自答するのである。これはソクラテスが多くの人に共通な真実をなげかけている証拠にならないだろうか。このように、かれのなげかけた波紋は、大きい。ある意味で、無限大である。だから、すべての人が、それを、しっかり見つめ、うけとめるべきであろう。つまりソクラテスを生きることである。それがソクラテス問題に終止符をうつことであり、そのとき初めてかれの死の意味が、われわれにおいてよみがえった、ということができるであろう。こういうことを念頭におきながら、われわれがあらためてかれの前に立ったとしても、かれはそれはまちがっていると一笑にふしてはしまわないと思う。

 

ソクラテスの思想

ソクラテス(Socrates)は、紀元前五世紀のギリシア人である。この時代のギリシア哲学を代表する思想家・哲人である。若いころからすでにかれは有名であった。その一つは怪異な風貌である。そのうえまったく身なりをかまわない。いつも裸足である。しかも人を卑下するようなことをしない。だれかれの別なく話しかける。かれと一度でも話をすれば、忘れることができない。かれはそういう魅力をもっていた。

 

ソクラテスは中年から晩年にかけて、戦争のなかに生き、人間性潰滅の危機にぶつかった。ペロポネソス戦争である。人心の腐敗と堕落である。そしてかれは、こういう時代が人間に教えるありとあらゆることを、だれよりも血とし、肉とした。しかも、かれは特異性を失わなかった。たとえば、あるときには一晩中、戦場では一昼夜も、同じところに立ちつくすことがあった。瞑想をしている。神の声をきいているのだともいう。また、自分を虻に、悪の巷と化しつつあるアテナイを馬にたとえたりして、堕眠をさますのだといった。しかし、かれはたんなる奇人でも天才でもなかった。

 

生涯、真実を愛し求めている。どんなときでも、真実を基準にして行動する。そういう透徹した人間愛にもえていた。それは「なんじ自身を知れ」にめざめ、「無知の知」を自覚してからも、一貫して変わらない。もうこれでよい、ということはけっしてなく、たえず哲学しなければならないような状態に自分を置く人である。むしろ、探求が人生であるようなそういう方法を見つけだした人である。

 

アテナイの守護神アポロンはかれに注目した。神はこの、どうしようもなくなりつつあるアテナイを、見るに見かねていた。そこでソクラテスを自分の使者として、アテナイ人を救済すべく送った。ソクラテスはそのように想像し、不動の信念にささえられ、「無知の知」の吟味とその普及にのりだした。しかし、それが禍の一因となり、同じアテナイ人に生命をうばわれてしまった。

 

ソクラテスは一冊の本も書いていない。しかしかれは、プラトンという偉大な弟子を残した。われわれは、そのプラトンの対話篇を主たる手がかりに、たぐいまれな不世出の哲人ソクラテスの生涯と思想を、できるだけ追跡してみた。そしてソクラテスの思想は「死命の思想」といえるのではないか、という新しい視角をえた。

 

最後に、村治能就先生には、かずかずの御教示を賜わったばかりではなく、原稿全篇にわたって厳しい慈眼をそそがれた。しかしそのご高配によく答え得ているかいないかは筆者の責任にぞくする。さらに清水書院にたいへんお世話になった。厚く御礼を申し上げたい。

 

一九六六年盛夏 中野幸次

 

 

目次

 

Ⅰ ソクラテスの生涯

永遠の哲人

ソクラテスの死――謎――

ソクラテスの生きた時代

ソクラテスの生まれた前後のアテナイ
ソクラテス盛年時のアテナイ
ソクラテス思想誕生の背景
ペリクレスの死とソクラテス

ソクラテスの活動

ソクラテスの前半生
ソクラテスの回心
ソクラテスの後半生
ソクラテスとソフィスト
ソクラテスの弟子

 

Ⅱ ソクラテスの思想

アポロンの使徒
無知の知
産婆術
永遠なるもの(イデア)
最後にさし示すもの
ソクラテスの遺産

 

年譜
参考文献
さくいん

 

 

Ⅰ ソクラテスの生涯

 

永遠の哲人

ソクラテスの死――謎――

 

死刑の情景

紀元前三九九年、アテナイの牢獄で、ソクラテスは死刑の宣告をうけた。

 

ソクラテスには妻と三人の子どもがあったが、かれは自分の死刑に家族を立ち合わせる気持になれなかった。せっかくやってきた家族には家に帰ってもらった。

 

やがて毒薬を持った獄吏が現われた。ソクラテスはその男に、やあありがとう、君は用い方を知っていますね、とたずねた。

 

毒薬は砕いて杯の底に沈めてあった。

 

やたらに生きていようとするのは、中身がからっぽになった杯をけちけちするようなもの、というソクラテスに、クリトンはじめ弟子たちは、何をしてよいかわからず、涙を流し、泣きわめいた。

 

死ぬときは、しずかにしていなければいけない、ときいている。ソクラテスはそういうのである。この巨人の最期に当たって、弟子たちのできることといえば、ソクラテスの死を見守っているほかはなかった。

 

ソクラテスは、もっとも高貴で、思慮と正義にかけてはならぶもののない哲人にはちがいないが、死刑を控えてのゆとりは、筆舌を越えて、堂々としていた。

 

「われわれはアスクレピオス様に雄鶏の借りがある。とにかく忘れずに返して下さい。」

 

これがソクラテスの最後の言葉であった。遺言になったわけである。

 

アスクレピオスというのは医の神である。ソクラテスは、生前この神に願をかけていた。雄鶏はその奉納の品である。あるいはソクラテスは死ぬことによって、魂が肉体の束縛から解放される、と考えてのことである。それのみか、ソクラテスは、死刑による死に臨みながらも、自分の死を、この世からあの世への転居のように考え、神に祈りながら、息をこめて一滴のこらず毒杯を飲みほした。

 

そのあと、ソクラテスはゆっくり弟子たちの傍を歩き回ったが、そのうちに足が重たくなり、あおむけに横になった。親友クリトンは、ソクラテスの遺言をようやく理解して、たしかにそういたします、と答えたが、すでに返事はなく、ソクラテスの眼は死者の持つ別のひかりをたたえていた。

 

実にソクラテスは獄吏の教えた通りに、死を行なったのであった。

 

こうして、人類史上偉大な哲人思想家ソクラテスは、生涯を閉じたのである。それは二月か三月のことである。およそ七〇歳であった。

 

 

毒を飲む前

毒薬は「どくにんじん」の種子を砕いて汁をしぼりだしたものである。ソクラテスがそれを飲む前の日没までに、まだしばらくの時間があった。死刑執行の時刻は、日没と法律で定められていたからである。

 

太陽は地平線下にすっかり沈んでいない。アテナイの北東の方向にあるヒメトス山のいただきにまだ太陽は残っている。それに、死刑の知らせがあってから、ずいぶんたって毒薬を飲んだものも多いことを、親友のクリトンは知っていた。そこでかれはソクラテスに、大いに飲んだり食べたり、好きな人といっしょにねたりすることをすすめたのである。おそらく普通のものならクリトンのいうとおりにしたかも知れない。しかし、ソクラテスは、一笑にふしてしまった。そればかりではない。「そんなことで得をしたと思っているのだけれど、わたし自身はそうはしないだろう。それもそれ相当の理由がある」という。すこしばかりおくらせて毒を飲んだからといって、この自分に笑いをまねくだけで、なんの得もない、と確信している。ソクラテスにおいては、ただ生きのびるのではなくて、よく生きることが問題なのである。

 

だから、抽籤で任命され、獄中の人びとの監督や罪人の死刑、告発者の裁判所への提訴などをつかさどる十一人衆の下役は、ソクラテスにいったのである。「あなただけはすくなくとも他の人たちにみられるようなまねはなさらないでしょう。かれらは主たちの強制だから毒薬を飲まねばならない、とわたしが告げますと、わたしに腹をたてたりののしったりするのです。しかしあなたはこの獄屋におられた期間、とくに今までここに入った人たちのうちで、もっとも男らしく、おだやかで、また高貴であったことを、わたしは知りました。ですから、今も他の人たちには腹をたてても、わたしにはお怒りにならないことをよく知っています。御気嫌よろしゅう、では運命をできるだけ楽に忍べますようお努め下さい。」こういって涙を流しながら立ち去ったほどである。ソクラテスはこの言葉どおりにしようとする。

 

弟子たちは、ふたたびめぐりあえないであろう師の最期を、不幸だと思っている。いろいろ腹の底から話しあうのも当然である。しかしソクラテスは、いっこうに不幸だとは考えていない。むしろ、あの世で死者にめぐりあえる、とよろこんでいるようすすら見える。しかし、弟子たちにとってはたまらないものがあった。父を亡くしてからの生活を送ろうとする孤児のように思えたのである。ソクラテスはクリトンをつれて、体を浴するために水浴みにいき、そこで長男のランプロクレスと二人の幼児ソフロニコスとメネクセノスと言葉をかわしていた。やがてソクラテスは子どもたちに立ち去るように命じ、弟子たちの中に加わったが、日没は刻々と迫ってくる。日没になれば、ソクラテスはどうしても毒杯をうけねばならない。弟子たちには、ソクラテスの死後のことが気になってならないのである。

 

ソクラテスの墓場

ソクラテスは、自分の死後の埋葬については、さほど神経質ではなかった。クリトン、元気をだしてわたしの肉体を埋めるといってくれ、それも、君の好きなように、習慣と思われるところにしたがってやってくれ、と平然としていた。

 

クリトンには、死んだソクラテスのその屍体が、ソクラテスだと思えてならない。だからクリトンは、ソクラテスをどう埋めたらよいか、と迷うのである。ところがソクラテスは、毒薬を飲んだら、もうこの世にはいない、と思っている。この世を去って、たしかに福者の住む、なにか幸福なところへ行くと信じている。ソクラテスは、クリトンをはじめ弟子たちにも、そう思ってほしいのである。そうすれば、それぞれにとって、慰めになるであろう。たとえ、ソクラテスの肉体が焼かれたり、埋葬されたりするのを見ても、ひどい目にあっている、と腹をたてることもないだろう。

 

運命がまねく時は、人はだれも旅立たねばならない。いかなる人も死をさけることはできない。今、ソクラテスを運命がまねいている。ソクラテスは、七〇歳の生涯の肉体の終わりの時がきたと迷わない。しかし、弟子たちには、この期をのがして、ソクラテスからなにもきく機会はなくなってしまう。クリトンは、ソクラテス亡きあと、その遺児たちに、なにをすべきかを、ソクラテスにきいた。

 

日頃いっている以外に別にこれといって新しいことはない。君らは君ら自身のことに気をつけてくれ。なんでもちょうどよいときにやっておくべきである。今、われわれの意見が一致しなくてもいい。ただ自分自身のことをなんら世話もせず、これまでいってきたことにならって生きようとのぞまないならば、たとえ現在あれこれと強く同意したところで、たいして益はあるまい。」

 

こういって、ソクラテスは、水浴に行くときがきた、水浴をして薬をのみ、女たちに屍体を浴みさせるめんどうをかけないほうがよかろう、と冷静そのものであった。しかし、クリトンは、この最期を迎える前に、ソクラテスに対して、アテナイの牢獄からの遁走をすすめ、計画もしていたのであった。

 

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